おお、怖い怖い

「引っ込み思案の目立ちたがり屋」が
陥りやすい“社会不安障害”の苦しみ


 まもなく40歳になるヨシムラさん(仮名)は、中学時代、生徒会や放送委員を務めるほどの目立ちたがり屋で、将来、テレビ局のアナウンサーか政治家を目指していた。そんな性格から、当時は、生徒会の先輩に対しても、物おじせずに意見を言ってしまうところがあった。

 ある日、ヨシムラさんは、先輩から体育館の裏に呼び出されて、「おまえは、後輩のくせに生意気だ!」と“焼き”を入れられた。それを機に、彼はどもって声が出なくなったり、人前に出ると緊張して手に汗をかいたり、動悸がするようになった。

 しかし、学校の成績は良かったため、都内の一流私立大学を難なく卒業した。その後、司法試験を受け続けたものの、なかなか合格できずにいた。

 生活に支障をきたすようになったのは、30歳のときに学習塾の講師になってからのこと。とくに父兄を前にすると、どもって声が出なくなり、手に汗をかいた。自分のパフォーマンスを最大限に引き出すことができないため、職場では、マイナスのイメージを受け、年収などの社会的地位も下がったという。ヨシムラさんは、職場に出勤するのが苦痛になり、「うつ病ではないか」と言われた。
強気と弱気が混在!?
大学卒業まで見過ごされる症状

うつ病と診断されている裏側に、実はそもそもの要因である『社会不安障害』が隠されているケースも多いことが、最近わかってきたのです」

 こう指摘するのは、JR巣鴨駅近くで、「ひもろぎ心のクリニック」(東京都豊島区)を開業する渡部芳徳理事長(医学博士)。うつ病の患者に、自分自身を客観的に観察して理解してもらうために開発した『うつ病が快復するノート』(主婦の友社)の著者でもある。

 社会不安障害は、「パニック障害」、「全般性不安障害」、「強迫性障害」と並んで分類される「不安障害」の1種だ。

社会不安障害の共通する特徴は、引っ込み思案の目立ちたがり屋。強気と弱気が混在しています。元々の発症年齢は比較的若く、人前に出ると緊張する、赤面恐怖、視線恐怖といった症状があります。ただ、大学を卒業するまでの間は、人前で緊張することがあっても、問題なく卒業することができるため、見過ごされてきました。他人と接しなくても、試験さえできれば、卒業できてしまうからです。ところが、こうした人たちは会社に入ってから、職場で不適応を起こしてしまいやすいのです」(渡部理事長)
統合失調症と誤診されやすい
社会不安障害

 統合失調症と診断される中にも、実は社会不安障害と識別しきれていないようなケースが少なくないという。

 出版社に勤務していた30代女性のカオリさん(仮名)は、小学生の時、ミュージカルの主役を張るなど、いつも明るくて目立っていた。しかし、主役を張ってからは、同級生などから「生意気だ」などといじめられ、ボコボコに殴られたという。

 翌年の舞台では一転、裏方に回ったが、人前に出ると、とても緊張するようになり、まったく別人のように変わってしまった。

 彼女は、それでも友人たちに支えられ、一流私立大学を卒業した。しかし、出版社に勤務してから、人間関係につまずき、恐怖心で出社できなくなる。以来、5〜6年にわたり、家に引き込もった。

 同クリニックの医師が、父親に連れられて来たカオリさんを診たところ、社会不安障害と診断された。

 ところが、カオリさんは最初に行ったクリニックでは、「統合失調症」と診断されていた。「人の視線が気になる」「自分の悪口を言っているのではないか」など、いかにも統合失調症を思わせる症状が出ていたからだ。しかし、統合失調症として抗精神薬などの投与を受けたところ、副作用などで具合が悪くなって、病院に入院までさせられたという。

「実は、社会不安障害と、もっとも識別しなければいけない疾患は、妄想型障害であり、統合失調症なのです。社会不安障害統合失調症は勘違いされやすく、見た目で判断するのは難しい。もちろん診たところ、本当に統合失調症の方も結構いらっしゃいますが、全国には誤診されている人も、かなりいるのではないでしょうか」(渡部理事長)

 こうした様々な心の病に明確なエビデンスがないことから、同クリニックは2年くらい前に、前頭葉の血流を図る医療機器「光トポグラフィ」を導入。疾患ごとに波形が違うという説に基づき、診断の補助材料とした。事前説明の同意を得られた患者にはこの検査を実施し、以降も定期的に経過観察している。

 すでに同クリニックでは2000例以上の患者データを集積しており、特定の疾患の診断補助、あるいは治療経過や薬の効果の判定に利用できそうなことが解かってきている。そこで、初診者にはCT、問診、各種テストを受けてもらった後、診察を実施。必要に応じて、光トポグラフィや血液検査なども行って、診断を行っているという。ちなみに、この3か月間の診断内訳は、約1100人の外来患者のうち、「うつ病」が635人と最も多く、「双極性障害」313人、
社会不安障害」68人、「パニック障害」62人と続く。

「診断が違ってしまうと、その人の人生が変わってしまいます。引きこもりの問題も、職場不適応を起こすからといって、人格が未熟なわけではない。元々気配りの効く人が、統合失調症などと誤診されているのは、とてもかわいそうなことなのです。僕ら精神科医は、うつ病社会不安障害パニック障害などと、診断を明確に示して、患者には薬の副作用も含めて、きちんと治療方針を説明し、納得してもらうことが重要です」
「他人が自分の悪口を言っている」
ように感じる“視線障害”

 IT企業に勤務する40代のノグチさん(仮名)は、出世したとたん、会社を休職した。部下を持つようになってから、職場に行くと、人の視線が気になって、自分の悪口を言っているように思えるからだという。

 それまでは、言われるままにパソコン業務などをこなしている限りは、抜群の能力を発揮してきた。ノグチさんも仕事も楽しかったし、会社でも評価されていた。

 ところが、マネージャーになると、部下ができて、皆の前で挨拶や報告もしなければならない。スピーチしようとしたとたん、緊張のあまり、心臓がドキドキして、声が出なくなり、汗をダラダラとかいた。

 本人は自信を喪失。クライアントとのソフトの調節に行くのも辛くなり、街頭を1人で歩くことすら、ままならなくなった。

 同クリニックにも、ノグチさんは1人では不安なため、妻に連れられて受診。一見、統合失調症のようにも見えるものの、「視線恐怖」の症状だった。

「視線恐怖のような対人恐怖と社会不安障害は、オーバーラップしています。ただ、発症年齢が30〜40歳と罹病期間の短い人は、長い人に比べると治りやすい。ノグチさんも、SSRIを飲むうちに、会社に再び行けるようになりました」(渡部理事長)
社会不安障害の重症度を
「LSAS―J」でチェック!

 また同クリニックは、社会不安障害が疑われる場合、症状を評価する「LSAS―J」(Liebowitz Social Anxiety Scale 日本語版=監修:北海道大学保健管理センター・朝倉聡講師、北海道大学大学院医学研究科神経病態学講座・小山司教授)というスケールを使っている。

 この調査票では、以下の24の項目の質問について、それぞれ恐怖の程度と回避の頻度を回答する。(『恐怖感/不安感』と『回避』の度合いに最もよく当てはまる番号を項目ごとに1つだけ選ぶ)

≪『恐怖感/不安感』0:全く感じない 1:少しは感じる 2:はっきりと感じる 3:非常に強く感じる≫

≪『回避』0:全く回避しない 1:回避する(確率1/3以下) 2:回避する(確率1/2程度) 3:回避する(確率2/3以上)≫

1、人前で電話をかける
2、小人数のグループ活動に参加する
3、公共の場所で食事する
4、人と一緒に公共の場所でお酒(飲み物)を飲む
5、権威ある人と話をする
6、観衆の前で何か行為をしたり話をする
7、パーティーに行く
8、人に姿を見られながら仕事(勉強)する
9、人に見られながら字を書く
10、あまりよく知らない人に電話する
11、あまりよく知らない人たちと話し合う
12、まったく初対面の人と会う
13、公衆トイレで用を足す
14、他の人たちが着席して待っている部屋に入っていく
15、人々の注目を浴びる
16、会議で意見を言う
17、試験を受ける
18、あまりよく知らない人に不賛成であると言う
19、あまりよく知らない人と目を合わせる
20、仲間の前で報告をする
21、誰かを誘おうとする
22、店に品物を返品する
23、パーティーを主催する
24、強引なセールスマンの誘いに抵抗する

 2つの項目の合計点が、30点で境界域。40点以上あった場合、軽度の社会不安障害が生じている可能性があり、診てもらったほうがよいという。60点以上は、要治療となる。

 冒頭のヨシムラさんは、初診時87点だった。しかし、SSRIの投薬を12週間続けると24点までに低下。その後、約5年間服薬している。現在、議員秘書の仕事をしていて、街頭の立会演説やチラシ配りまでこなすことができるようになった。そして、来年の4月の統一地方選で、市議会議員選挙に出馬する予定という。出馬を決意したときに改めてチェックしたところ、3点にまで下がっていた。

「大事なのは、薬を3か月くらい続けると、不安を取り除けて、比較的問題なく行動できるようになります。ところが、脳に染み込ませるためには、積極的に外に出て行って、自信を構築する期間が1〜2年必要。そうしないと、また引きこもり生活に戻ってしまいます。ヨシムラさんは、こうしたことを繰り返すことによって、昔持っていた夢である政治家の第一歩を踏み出すことができたのです」
誤診によって引きこもりになる人も
正確な診断と治療で克服は可能

 他に誤診されやすい社会不安障害を見分ける特徴について、渡部理事長はこういう。

「ふだんは不安そうなのに、お酒を飲むと、人が変わったように朗らかになる人たちが結構多いんです。お酒を飲むと、気持ちが大きくなるので、アルコール依存症になりやすい。逆にいえば、SSRIを飲んで、アルコール依存症が良くなるタイプの人は、元々の素因が社会不安障害なんです」

 症状がひどくなると、引きこもって、自信を失い、うつの症状が出てくる。引きこもりとうつは併存した関係なのだという。

 一方で、「僕らが診ていない重度の社会不安障害の人がいる。そういう人たちは、家で引きこもってしまって、僕たちの前に現れてこない。引きこもっていても、あきらめないで受診したり、統合失調症と1度言われた人でも、きちんと診断してみると、中には、社会不安障害の人もいるかもしれない」と、渡部理事長は指摘する。

 一般的に、不安障害の人たちは、気配りが効いて、いい人たちが多いといわれている。他人の視線を気にするということは、皆の目の動きをよく見ていて、相手の思っていることを察知し、先取りして対応できるからだ。

 渡部理事長によると、こうした一面は、「日本人の美徳でもあり、日本の社会の中で認められるから、特殊な能力が発揮されれば、社会的地位も高くなる傾向があるのではないか」と推測する。

「不安障害は、薬物療法認知行動療法の併用が効果的で、治療が可能な疾患なのです」(渡部理事長)

 様々な理由から、地域に潜在化して引きこもってしまい、あきらめてしまった人たちの中にも、正確な診断を受ける機会が与えられれば、治療に結びつけることができるかもしれない。

http://diamond.jp/series/hikikomori/10012/?page=4