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メモ 新聞戦争

 

ウィリアム・ランドルフ・ハースト

 

1895年にはニューヨーク・モーニング・ジャーナル紙を買収し、ジョーゼフ・ピューリツァー(ニューヨーク・ワールド紙の所有者)との発行競争が勃発。

購読者数を増加させるために両紙は、キューバの暴動に関する記事を多く掲載していくことになる。両紙の記事は、真実を伝えるものよりも市民感情を煽るショッキングなものが多かった。例えば、スペイン軍がキューバ人を強制収容所に入れ、彼らが疾病と飢えで苦しみ死んだなどという捏造記事やでっち上げ記事で民意をコントロールし、スペインとの戦争(米西戦争)までを引き起こしている。

イエロー・ジャーナリズム(ジャーナル中のコマ漫画“イエロー・キッド”の名前に由来する)の用語は扇情的に扱われた新聞記事のスタイルに使用された。
多くの人々が、ハーストは、自身の新聞の売り上げを伸ばすために1898年の米西戦争を誇大に報じたことを知っている。彼の政治経歴は、大統領ウィリアム・マッキンレーの暗殺に絡んで、事件の数か月前に出版したアンブローズ・ビアスによる風刺詩がマッキンレー暗殺をほのめかしているとの指摘を受け、痛手を受けたことも。

 

ウィリアム・ランドルフ・ハースト - Wikipedia

 

アメリカの新聞王は売上と引き換えに戦争を置こた

今回は戦争にならなかったけれども、これに近い事件は多く起きていたのは事実

左翼の罪は深い。