朝日新聞

朝日新聞慰安婦報道」原告団2万人超え 史上空前の集団訴訟に

2015.02.18


朝日新聞への集団訴訟は史上空前の規模に拡大する【拡大】

 朝日新聞慰安婦報道で、「日本の国際的評価が低下し、国民の名誉を傷つけられた」として、上智大学渡部昇一名誉教授(原告団長)ら約8700人が先月末、同社に対し、1人当たり1万円の慰謝料と謝罪広告を求める訴訟を東京地裁に起こしていたが、追加希望者が殺到して原告団が2万人を超えることが分かった。史上空前の集団訴訟に発展しそうだ。

 「朝日は昨年、30年以上放置した慰安婦問題の大誤報を認めたが、基本的な論調は変わっていない。朝日はまさに戦後レジーム(体制)の主人公といえる。裁判の原告になるという覚悟を持った希望者がこれだけ集まったのは、従来の保守運動の枠を超えて『朝日は反省していない。許せない』『日本を変えなければならない』という人々が多い証拠だ」

 原告団の1人で、慰安婦報道を徹底追及してきた拓殖大学藤岡信勝客員教授はこう語る。

 関係者によると、先週末までに事務局「朝日新聞を糺す国民会議」に届いた訴訟委任状が計2万人を超えた。今月末以降、2次提訴に踏み切る予定という。原告には国会議員やジャーナリストも含まれている。

 原告側が問題としているのは、「慰安婦を強制連行した」とする吉田清治氏の証言に基づいた記事など13本。朝日新聞は昨年8月に吉田氏の証言を虚偽と判断、記事を取り消した。

 訴状によると、原告側は「日本の官憲が慰安婦を強制連行したという証拠はない」と主張。そのうえで、問題の記事は「『日本軍に組織的に強制連行された慰安婦』というねじ曲げられた歴史を国際社会に拡散させ、わが国が激しい非難を浴びる原因になった」と指摘している。

 


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「プロパガンダで国際社会に『強制連行あった』の事実誤認を拡散」 外部の独立検証委が報告書

 

朝日新聞の「慰安婦報道」に対する独立検証委員会の検証結果が発表された=19日午後、東京都千代田区(蔵賢斗撮影)
 朝日新聞慰安婦報道に関し、外部の立場から検証を進めてきた「朝日新聞慰安婦報道』に対する独立検証委員会」が19日、東京都千代田区で記者会見し、報告書を公表した。報告書では、平成3年から4年1月にかけての朝日新聞慰安婦報道を「プロパガンダ(宣伝)」とし、プロパガンダによって国際社会に「強制連行があった」などの事実誤認が拡散し、日本の名誉を傷つけ続けていると結論づけた。

 同紙の慰安婦報道をめぐっては、朝日新聞社から依頼を受けた第三者委員会が昨年12月に報告書を公表。朝日新聞慰安婦報道が国際社会に与えた影響について、「慰安婦問題の誇張されたイメージ形成に力を持った」「影響は限定的だった」などとする委員による検証結果を提示したが、独立検証委は「朝日の責任を回避する議論に終始した」と指摘した。

 第三者委の報告書が、朝日新聞に「強制性」をめぐる議論のすりかえがあったことを指摘したことについては、「核心に触れる批判をした」と肯定的に評価。一方で、第三者委の報告を受けた朝日新聞社の対応については、「朝日はその批判を『重く受け止める』というのみで、受け入れていない」と批判した。

 そのうえで、朝日新聞社に対し、「『プロパガンダ』と『議論のすりかえ』がどの様なプロセスで作られていったのか、記者、デスク、担当部長、社長らの責任を、実名を挙げて明らかにすることを求める」と提言。政府には専門部署と民間の専門家による有識者会議の設置を求めた。

 独立検証委の委員長を務める京都大学中西輝政名誉教授は会見で、「1992(平成4)年1月に『強制連行プロパガンダ』が集中的に行われた。ここに朝日新聞慰安婦問題の影響があらわれている」と述べた。

 


http://www.sankei.com/life/news/150219/lif1502190017-n2.html

 

 

慰安婦像設置で嫌がらせ受けた」朝日新聞を提訴 在米日本人ら


 慰安婦をめぐる朝日新聞の報道で「誤報を長年放置した結果、慰安婦像が建てられて嫌がらせを受けるなど精神的苦痛を負った」などとして、米カリフォルニア州グレンデール市近隣に住む作家や僧侶ら日本人3人と国内の大学教授ら計約2千人が18日、同社に慰謝料と主要米紙などへの謝罪広告の掲載を求める訴訟を東京地裁に起こした。

 在米日本人は平成25年に同市に慰安婦像が設置された結果、差別など嫌がらせを受けるようになり1人あたり100万円の慰謝料を求めている。

 原告側が問題としているのは「慰安婦を強制連行した」とする吉田清治氏の証言に基づいた記事や慰安婦と挺身隊を混同した記事など52本。訴状で「慰安婦問題に関する誤った事実と見解が真実として世界に広まり、慰安婦像の設置などで定着した」と指摘。その上で、「日本人の尊厳を傷つけて国際社会における客観的評価を下げた。世界に対し謝罪を発信することが必要だ」と主張した。

 提訴後に記者会見した原告で、米国在住の作家、馬場信浩氏(73)は「英文での謝罪広告が米国で掲載されることを心から望んでいる」と述べた。朝日新聞社広報部は「訴状が届いた時点で、しかるべく対応します」とコメントした。


http://www.iza.ne.jp/kiji/events/news/150218/evt15021817460021-n1.html

 

「娘の顔写真ネットに」慰安婦報道の元朝日記者、怒りの講演 提訴は「言論を超えたから」

 

朝日新聞記者時代に慰安婦報道にかかわった北星学園大(札幌市)の非常勤講師、植村隆氏(56)が今月8日、高知市で「『慰安婦報道』と言論の自由」をテーマに講演した。自分の記事が週刊誌などで「捏造(ねつぞう)」と報じられ、名誉を傷つけられたとして、出版社などに対し、損害賠償などを求める訴訟を起こしている植村氏。講演では「私は捏造記者ではない」などと一連の批判に反論。家族までもが嫌がらせを受けている事実も明かし、声をつまらせながら「許せない」と怒りをあらわにした。講演の主な内容は以下の通り。

「私は吉田証言の記事とは無関係」

 朝日新聞慰安婦報道で激しいバッシングを受けた。このうち、吉田証言(注釈1)は虚偽だったとして関連の18本の記事はすべて取り消された。しかし、私は、この吉田証言についての記事に全く関係していない。また、「慰安所設置に軍関与」というスクープ記事についても関係ない。

 しかしながら、朝日新聞バッシング本には「吉田氏の記事を書いた植村氏」などと書いたものまである。こうしたデマで、慰安婦報道の主犯は私であるかのように思う人がいる。

他の記者も同じ概念だった

 私は平成3(1991)年に元慰安婦について2本(注釈2)の(署名入り)記事を書いた。(このうち元慰安婦の証言を取り上げた記事で、慰安婦と女子挺身隊を混同した事実誤認に対する批判があるが)当時、韓国で慰安婦はほぼそのまま女子挺身隊を指した。

 (同様の表現をした他社の記者の過去記事などを示しながら)当時の記者はそういう概念だった。また、私は「連行」と書いたが「強制連行」とは書いていない。なぜ、私だけが捏造と言われなければならないのか。

家族のために書いてはいない

 〈一方、植村氏の義母が、元慰安婦らを支援する韓国の団体の幹部だったことから、裁判が有利になるために記事を書いたのではないかとの指摘=注釈(3)=がある。それに対し植村氏はこう答えた〉

 私が慰安婦問題を書いたのは、家族のためじゃない。歴史をきちんと見つめ、記録していこうという姿勢で取材をしている。

朝日の代表選手としてバッシング

 〈講演には市民ら約300人が集まり、関心の高さをうかがわせた。植村氏は終始熱い口調で語り、参加者は熱心に聞き入った。反論はさらに続く〉

 どうして私がバッシングされるのか。まず、私の実名の出た署名記事であり、その内容が、元慰安婦の証言を取り上げ、その後、証言が次々に出ることになって、国際問題化したことがあるだろう。そこに、朝日新聞歴史認識などについて、良しとしない人々が、私をその代表選手としてバッシングしているのではないかと思う。

大学も被害者だ

 昨年発売された週刊誌で「慰安婦捏造」の表現を使った見出しの記事が報じられた。この記事の中で取り上げられた私が、(現在勤務する大学とは別の)大学教授になるということがわかると、発売直後から、抗議の電話やメールが(就任予定の)大学にどんどん来た。

 説明すれば大学側にもわかってもらえると思っていたが、事態は私の記事が正しいとか間違っているとかの問題ではなくなっていた。その後、合意で契約を解消した。いろいろ考えたが、大学も被害者だろう。

許せない娘への中傷

 ある日、嫌がらせの電話が家にかかってきた。その後もかかってきたので取らなくなった。(勤務する大学へも)「私をやめさせろ」というメールが増え、「やめさせなければ学生を痛めつける」という脅迫まであった。

 本当に大変だったが、それだけではない。昨年には娘の顔写真がネットにさらされ、かなりひどい言葉を書き込まれた。(声をつまらせながら)私に対するバッシングはともかく、私と関係のない娘へのものは許せない。闘うしかないと思った。

 一方で、大学が私をクビにしないよう応援メールも昨年9月ぐらいから広がっている。私は捏造記者ではない。不当なバッシングには屈しない。

言論を超えたから

 〈植村氏は最後に強い調子でこう語ると、参加者から大きな拍手が起きた。その後の質疑では参加者から「なぜ、裁判でなく言論で対抗しないのか」という質問が出たが、植村氏はこう答えた〉

 私の記事に対する批判そのものも最初の「事実誤認」というものから「捏造」へと変わっていった。非常に激しい個人攻撃へとなっていったことがまずある。そして、学生を痛めつけるという脅迫や、家族への人権侵害が起きている以上、議論は成り立たない。言論(での対決)を超えた部分があり、司法の場で判断してほしいと思った。それが(提訴の)理由です。

 〈講演は質疑を含め約2時間に渡った。当日、高知県警は抗議行動などで混乱しないよう会場周辺の交通規制を実施。会場の入り口でも関係者らが、入場者をチェックする厳戒ぶりだった〉

 注釈1・朝日新聞は昨年、「済州島で強制連行した」などとする故吉田清治氏の元慰安婦に関する証言は「虚偽」だったとして、記事を取り消した。

 注釈2・1本目は平成3年8月の「元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀重い口開く」などの見出しがついた記事。2本目は同12月に「かえらぬ青春 恨の半生」などの見出しをつけ、日本政府を提訴した元慰安婦について書いた記事。

 注釈3・朝日新聞第三者委員会は昨年12月、植村氏の記事については「縁戚関係にある者を利する目的で、事実をねじ曲げた記事が作成されたとはいえない」とした。


http://www.sankei.com/west/news/150216/wst1502160002-n4.html

 

元朝日の植村隆氏「不当なバッシングに屈するわけにいかない」 弁護団は170人 (1/2ページ)

 

「私は愛国者だ」「朝日は元気を出して」。1991年8月に、元韓国人慰安婦の証言を初めて記事にした、元朝日新聞記者の植村隆氏(56)が9日、日本外国特派員協会で記者会見を開いた。記事に「女子挺身隊の名で戦場に連行」と事実と異なる部分があったことなどから、批判が殺到し、中には過剰なものもあった。170人の弁護団がサポートする植村氏は会見で、独自の主張を展開した。

 「私は捏造記者ではない。不当なバッシングに屈するわけにいかない」

 会見の冒頭、植村氏は約20分を費やし、『週刊文春』が昨年2月6日号に掲載した「“慰安婦捏造”朝日新聞記者」という記事を批判した。

 この記事で名誉を毀損されたとして、同日、同誌発行元の文芸春秋と、東京基督教大学西岡力教授を相手取り、計1650万円の損害賠償などを求める訴えを東京地裁に起こした。

 訴状には、元日弁連会長の宇都宮健児氏や、社民党福島瑞穂前党首と事実婚のパートナーである海渡雄一弁護士ら、170人の代理人(弁護士)の氏名と連絡先が5ページにもわたってズラリと並んだ。

 西岡氏は提訴を受け、「言論人が言論で批判されたのであれば、言論で返すべきではないか」などと、産経新聞などにコメントした。

 植村氏は会見で、91年の記事について「当時韓国では慰安婦を『女子挺身隊』と表現していた」と説明し、意図的な「捏造」ではなく「誤用」だという認識を強調した。

 

 とはいえ、この記事は、植村氏自身が「慰安婦の生の証言が世界に伝わって、たくさんの慰安婦が名乗り出るようになった」と語ったように、朝日が誤報として取り消した吉田清治氏の証言記事とともに、慰安婦報道の“原点”の1つだ。本質的に異なる「慰安婦」と「女子挺身隊」を混同した記事が、韓国の反日団体などが主張する「慰安婦強制連行」説につながったという批判は日本国内に根強い。

 この点について、植村氏は「当時のことを調べたら、(91年)8月11日の記事はまったく韓国で報道されていなかった。『反日機運をあおった』といわれても、あおっていない」「当時は、同じようなスタイルの記事が他の新聞にもたくさんあった」などと語った。

 今回の会見では「誤用」に関する反省の弁は一切聞かれなかった。

 さらに、植村氏は「私は、自分では愛国者だと思っている」「日本がアジアの中で信頼される仲間になるための作業をしている」と持論を述べ、朝日の慰安婦報道について「『吉田清治証言』について謝罪して取り消した。ところが、私や私の家族がバッシングされ、(朝日が)萎縮している」との見方を示した。

 確かに、植村氏の家族や勤務先への嫌がらせや脅迫は、決して許されるものではない。

 植村氏は「朝日新聞には元気を出して慰安婦問題に取り組んでいただきたい」と、古巣への“エール”も口にした。

 だが、朝日が真っ先に取り組むべきは、慰安婦をめぐって虚偽の内容を30年以上も報じ続けたという事実を、もっと世界に発信し、日本の名誉回復に資することだろう。


http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20150110/dms1501101700010-n2.htm